私は生後すぐに、「気管支喘息」と診断され、2才になる頃には「アトピー性皮膚炎」と診断されました。当時の顔を真っ赤にさせた写真や痒みで1日中泣き、熟睡することのない日々の話などを聞くと、母は本当に大変な思いをしたのだと知りました。当時は、アトピー性皮膚炎の治療の指針となるガイドラインが完成されておらず、治療の方法が各医師の経験によって行われている状況でした。そのような中、私のアレルギー治療は弱いステロイドの塗布から始まりました。しかし、「ステロイドが切れる→副作用により悪化→さらに強いステロイドの使用」の繰り返しで、根本からの改善はありませんでした。
母は私に「できる事なら代わってあげたい。けれど代わってあげる事ができない」「なんとかして治してあげたい」「自分にはなにができるのだろう」とずっと思っていたと話してくれました。今でも日本全国に母と同じ思いをしているご両親はたくさんおられると思います。
私は、成人してすぐに大変な思いをして一生懸命育ててくれた母と同じ思いをもつ方々の役に立ちたいと思い、生活協同組合、共同購入会の一つである福岡の生活協同組合(グリーンコープ)に就職しました。グリーンコープを始めとする生活協同組合は、無農薬野菜などの食品や、身体に悪いと言われるものを極力なくした商品を中心に取り扱っていました。それは現在のAtopy laboと同じ信念「子どもに安心・安全なものを」という母親の願いからできた組合でした。仕事で関わらせていただく組合員ひとりひとりの方が、自分が使用している製品の添加物、キャリーオーバー等にとても関心が高く、本当に子どもの事を思っていました。
私は、少なくとも全国の生活協同組合員の方の数だけは「安心・安全なものを」という思いを持ったご家族の方々がおられると思います。そんな人たちに、母の「我が子のためなら・・・子どものためなら・・・」という強い思いが私の喘息・アトピーを改善させてくれたことを商品や企業活動を通じて伝えていければと思います。
弊社と思いを同じくし、商品をお取り扱いして頂いている全国の組合様、小売店の皆様に御礼を申し上げると同時に、これから弊社商品をご検討して頂いている組合様、関係各位の方々のますますのご活躍を末筆ながら祈念致しております。